私の実家のお墓は大きな池の横の山道を進んだところにあるお寺にあります。お寺の周辺にはいくつかの民家もありますが、日中であれ女性一人でいくには躊躇してしまうような辺鄙なところです。お寺の本堂は道路からすぐの場所で特に危ない感じはないのですが、その横の石段を登りさらに小道を抜けてお墓があります。私がまだ子供の頃はお参りにくる人も多く、私の家族も毎週のように日曜日にはお参りに行っていました。ですが今ではお参りにいってもすれ違う人もほとんどなく、雑草が生い茂る荒れ果てた場所さえある状態です。実家では年老いた両親がお参りに行くのも立地的に厳しく、永代供養にしたほうがいいのかと数年前から悩んでいます。親自身も子供に迷惑をかけないよう、自分たちのお骨は散骨にしようと話していると先日聞かされました。夫の実家はお墓はなく、義父の兄弟のお骨は納骨堂にあったりと様々です。

「お墓」が消えていくことについて

近年の少子高齢化は、「高齢者の独り暮らし」の増加という新たな問題を抱えて、社会全体に「孤独」の二文字が突きつけられているような気がします。都市部では、葬送の形式として樹木葬が注目を浴びその数も増加傾向にあると聞いています。かつては当たり前だった「子が親を看取る」という形が崩れ、自分自身で幕引きをするというのは、いくら本人の希望であるということを聞いてもどこかやるせない思いになります。私の地方の町では墓守をする人がいなくなり(あるいは将来いなくなると予想され)、従来あった「お墓」から町営の納骨堂に管理を委ねる人が増えています。これまで村の外れに墓があって、人々はその環境の中で暮らしを営んできたという文化の先細りが心配です。少子化に重大な決意を持って対策を講じなければ、国の形さえも変えてしまうことでしょう。そもそも「お墓」は人が人として生きてきた歴史を引き継ぐところです。「ルーツ」を確認するところです。その孤立化だけは避けねば、将来禍根を残すのではないかと考えるのです。

お墓の建立には高額な費用がかかります。

宗教や宗派は人それぞれですが、無宗教でも仏式や神式などに囚われてしまうものです。お墓もまた同じで、建立するとなると御影石やらの石材や花うけ、線香立てなど全般的に費用が高額になりがちです。先祖代々から受け継がれているものがあればまずひと安心ですが、新規でとなると費用準備の他、建立場所はどこにするかなど悩みは尽きないものです。費用の関係もあり最近は、合同で祀ることで費用を抑えているお寺や施設が出てきました。死後賑やかで良いという人もいます。これも節約志向の流れでしょうか。また、生前のうちに亡くなったらどうしたいかを前もって話し合っておく人も増えてきています。近頃は年齢を問わず、最期は自然に還りたいという思いから散骨という選択肢もニーズがでてきています。散骨といえば海などに撒くのが普通でしたが、僻地などの土地に撒こうとする業者も現れ近隣住民の反対にあっています。

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